ー 楓 ー
嘉人さんからの電話が鳴った。
私は電話に出た。
いよいよだ。一年ぶりに会うのがこんな状況なのが悲しかった。でも、みんなで決めたことだ。
あの日嘉人さんが来てから、ずっとつっかえている胸の奥の感情が今日晴れることを祈っている。
公園のベンチで座って待つ。私は公園の駐車場を確認した。
「楓」
背後からお兄ちゃんの声がした。聞き覚えのあるいつもの優しい声だった。
振り向くと少し前に会った時より少し大人びたお兄ちゃんがそこにいた。
「ごめんね。急に。」
「ほんとに急だよ。いきなり大学を見たいってどうしたんだよ?楓にはここは結構難しくないか?」
「私はやれば出来る子だから。」
「はは。相変わらずだな。そうだな、楓なら頑張れば大丈夫だ。」
お兄ちゃんはいつだって私の味方をしてくれる。なのに、私は今からお兄ちゃんにひどいことをする。
「どうした?なんで泣くんだよ。」
お兄ちゃんの声で我に返った。私は涙を流していた。
「お兄ちゃん、ごめんなさい。」
私は心の底からそう言った。
「やっぱり何かあったんだな。話聞いてやるからそこで座って待っとけ。」
お兄ちゃんはそう言うと周りを見渡し、駐車場の方へ歩いていった。
なんでそっちに行くの?そっちに行ったらダメ。心の中で叫んだけど、声には出せなかった。
駐車場にはワンボックスカーが2台停まっている。その先を見て、私はなんでお兄ちゃんが駐車場の方に歩いていったのかがわかった。
そこにはアイスの自販機があったのだ。
小さい頃から、私が泣いているとお兄ちゃんは決まってアイスを持ってきてくれた。お兄ちゃんが高校最後の大会で負けた日だって、泣いている私にアイスを買ってくれた。
「楓が一生懸命応援してくれたのに、負けちゃってごめんな。」
あの日の記憶が甦った。
私の中で抑えていた何かが弾けた。
「お兄ちゃん、そっちに行っちゃダメ。」
私は気づいた時には精一杯大きな声で叫んでいた。
お兄ちゃんがこっちを振り向くのと車からお父さんが出てきたのはほぼ同時だった。
「父さん?なんでここに?」
「話は後だ。とりあえず乗れ。」
お父さんは車を指差す。
「どういうこと?なんか怖いんだけど。」
「潤平、お前に聞きたいことがある。」
お兄ちゃんは落ち着きを取り戻していた。
「そうか、また達也か。」
お兄ちゃんは私の知らない名前を呟いた。ただ、お父さんの目的には察しがついた様子だった。
「達也?誰のことだ。父さんは、お前に話があると言っているんだ。車に乗りなさい。乗らないとお互い後悔することになる。」
こんなに凄みのあるお父さんを知らなかった。背筋が少し寒くなった。今回のことに私は関わるなとお父さんが言っていたのはこういう姿を見せたくなかったからなのかもしれない。
「楓も同犯か?」
「同犯とはなんだ。父さんたちは犯罪など犯していない。」
「父さんたち、か。」
お兄ちゃんはそう言うとこっちに向かって走ってきた。お父さんが追いかける。私の前を通りすぎるとき
「楓、ごめんな。」
とお兄ちゃんは言った。
こんな時でもお兄ちゃんは私を気遣ってくれた。
お兄ちゃんはそのまま公園の入口に向かって走っていく。
公園を出た瞬間だった。
公園の入口に別のワンボックスカーが横付けされた。
扉が開くと中から大男が2人降りてきた。お母さんの弟たちだった。2人ともラグビーをやっていた。
一瞬動きの止まったお兄ちゃんはあっという間に2人に抑えられ、数秒の間に車の中に無理やり押し込まれた。
私は車を目掛けて走ったが、車はすぐに発進してしまった。その時、運転をしている嘉人さんと目が合った。嘉人さんは泣いていた。
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