ー 達也 -
何の涙かは自分でもわからない。
感情がグシャグシャだ。
ジャージのポケットでノーテン気な着メロが鳴った。なぜこんな着メロを設定したんだと自分のセンスを呪いながら二つ折りの携帯を片手で開くと、敬士と表示されていた。
涙を拭い、深呼吸してから出た。
「サークルに佳織さん来てへん?」
「は?」
「だから、サッカー、佳織さんおらんかった?」
さっきまでいたグラウンドの光景を思い出す。そこにはキャプテンの横で口に手を当てていた佳織さんがいた。
「あ、いたよ。」
「悪い、今からグラウンド行くから、絶対にそこにおるように言うて!」
「なんで?俺もう帰ってるところなんだけど。」
「じゃあすぐ戻ってくれ。早紀さんがいなくなった。絶対やからな。頼んだで。」
そう言って電話は切れた。
早紀さんがいなくなったとはどういうことだろうか。
俺はよりによって今日、潤平の胸ぐらを掴んだことを後悔した。でも仕方がない。どう考えても俺のプライドを優先する時ではないだろう。
俺は急いでグラウンドに戻った。
グラウンドに戻ると、彼らは10人程の円になって何かを話していた。話の内容は大体想像がつく。
気にしている場合ではないと自分に言い聞かせる。
「佳織さん!ちょっといいですか?」
俺の声に彼らが一斉にこっちを振り向く。キャプテンが近づいてきた。
「何だ。まだ用があるのか?」
女のためには出てくるんだなと思った。
「あんたには用がない。」
「ああ?」
キャプテンを無視して佳織さんの元に走った。
「今、敬士から連絡があって早紀さんがいなくなったって。で、よくわかんないんですけど、敬士が今からここに来るから、それまで佳織さんに待っていて欲しいって。」
佳織さんはキョトンとしていた。
だが、みるみると焦った表情に変わり
「とりあえず、早紀に連絡してみるね。」
と言って携帯を取りに彼女は自分のバッグを置いていたベンチに走った。俺もそれを追う。
佳織さんは手を震わせながら携帯を操作し、耳元に持っていった。
「ダメだ。出ない。本当にいなくなったの?」
「わかりません。敬士から聞いただけで。でも、かなり焦った様子で…」
佳織さんは携帯を見て、アッと小さな声をあげた。
「早紀からメールが来てる。」
ホッとした表情も束の間、今度は顔面から表情が消えた。
「何これ。」
佳織さんがこちらに見せた携帯のディスプレイ画面には
『助けて』
とだけ表示されていた。
俺は佳織さんの携帯を自分の手に取った。宛先はもう1つある。見慣れたアドレスは敬士のものだった。
敬士が焦っている理由がわかった。
「達也!」
振り返ると敬士が砂煙をあげてバイクを止めたところだった。
「佳織さん、メール見た?」
「今見たところ。」
「実は昨日、早紀さん、原初をやめるってうちを出てから帰って来うへんねん。どこか思い当たるとこあらへん?」
「え?早紀が原初をやめるって本当?うちから出ていったって2人は付き合ってるの?」
「二つとも答えはイエスや。それより思いあたるとこあらへん?」
「思い当たる場所って言われても…」
佳織さんは少し考えると
「あ、あそこかも。」
と言った。
「どこや?」
敬士が聞く。
「豊中の…口では説明できないよ。」
「じゃあバイクの後ろから案内してくれへん?」
「あ、うん」
敬士はバイクに向かって走り出そうとして、天を仰いだ。
「ヘル1つしかあらへんわ。」
「じゃあ俺が車出すよ。落ち着いて整理しながら行こう。」
「せやな。じゃあはよ達也ん家行くで!」
敬士は俺の下宿先に走り出した。
佳織もそれに続く。
ちなみに俺の下宿先は大学と目と鼻の先の距離だ。
「お前ら佳織をどこ連れてくねん!」
キャプテンの声が背中から追ってきた。
好きな女が問題児二人に連れていかれているかもしれないこの状況でも追ってきたのは声だけだった。
佳織さんも返事はしなかった。
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