ミニチュアガーデン 6

2005 11 知闇 Sense of despair

美琴さんに指定されたチェーン店の居酒屋の個室で彼女と会った。

美琴さんは控えめに言ってもとても美人だった。彼女のショートヘアはかなり明るい色で染められているが、全体的には落ち着いて見えるという不思議な印象を持った。

彼女は去年まで俺たちの近隣の大学で原初人として活動していたようだ。そのため、俺たちの大学の原初人とも交流があったそうだ。

これ以上、自分と同じような被害者を出してほしくないという理由で俺たちに内部の情報を教えてくれた。

「教祖のあの男は、自分こそがメシアの再臨だと自分で言うことはしません。周りが勝手にそう気付くように、聖書を元にして教典を作るという巧妙な手段を取っています。なんなら自分は教祖ではないと公言しています。

もちろん、彼は再臨したメシアなんかではありません。彼はただの性欲の塊です。私は韓国にある彼の自宅に女性の裸の石膏像が何体も並んでいるのを見ました。」

美琴さんが一息ついて言った。

「私は彼に強姦されました。」

彼女の言葉に言葉を失った。
実際に美琴さんが強姦の被害にあっていたことは想定していなかった。

資料で読んでも、どこか違う世界の話として捉えていたことに気付かされた。

彼女は話を淡々と続けた。落ち込むでも、怒るでもなく、ただ淡々と話をしているその様には畏怖を覚えるほどだった。

「理由はわかりませんが、ある時期に原初について世界各国で一斉に被害が報告されました。教団の本拠地がある韓国政府は教祖を指名手配にしましたが、教祖が国外へ逃走したため、国際指名手配となりました。
結局教祖は先日、韓国国内で捕まることとなり、その時の様子はカメラにも収められました。

森の中のテントで水着の女性に囲まれた教祖は、体格の良い警察官にそこから引きずり出されるのですが、カメラに気づいた彼は、「何撮ってんだよ!」と罵声を浴びせていました。

私はこの映像を見ても何も驚きませんでした。これがこの人の本性だということを知っていたからです。

この教祖がどのような手順で強姦をするかについてお話しします。まず、彼は教団の活動の一環としてモデルサークル、チアサークルなどを作り、自らの好みの女性を集めます。

私も当時はモデルサークルに入っていました。

ちなみに彼は背が高くて髪は黒髪の長髪で真面目そうなの女性がタイプです。」

俺はなぜビューティー直子があんなに自信満々にビューティーと言い放ったのかが理解できた。いわば、モデルサークルとチアサークルは神にもっとも近い選ばれし存在なのである。

地味に見えたが、彼女は教祖の好みに合致した女性だったようだ。

そして美琴さんを見たときの不思議な感覚は、美琴さんが自分の趣味で髪を染めているのではなないことが原因だったのだと気付いた。

「彼は日本のモデルサークルやチアサークルの中から、まずは書類で選別を始めます。年齢は25歳に限定されています。そして気に入った女性を、神に選ばれたと言って祝福のために韓国の豪邸に招待します。

これに応じない人はいません。

25歳で神の祝福を受け、そのまま神様に選んでもらった男性と結婚するのが女性の原初人の中で最も高貴なこととされているからです。選ばれる男性の多くは韓国人の男性です。原初の世界観では韓国がアダムの国、日本はエヴァの国とされています。細かい説明は省きますが、エヴァ国である日本は罪深い国として設定されているため、日本人女性はアダムの国である韓国人男性と結婚することで救われるということになっています。

少し話はそれますが、『25歳』といった具体的な数字が決められているのも原初の教義の特徴です。これらの数字は聖書の中にはもちろんでてきませんが、聖書の勉強会を通して原初人自らに見付けさせるさせるように仕向けられています。この教団の巧妙な手口の1つです。このような具体的な数字に辿り着くために、ある程度の数学や科学の知識が必要だということもポイントになっています。誰もがノーヒントでは辿り着けません。ヒントという言葉が適切かどうかはわかりませんが。

このような手口のため、あなたたちのような所謂、優秀と言われている大学のほうが勧誘は成功します。

人は論理的なものや、自分で見つけた答えを盲信してしまう傾向があるからです。

このような小さなパズルを解き続け、最終的に辿り着くのは、彼こそがメシアの再臨であるという答えです。

「比喩」として「勉強」する聖書は、この答えに辿り着くように作られた壮大なパズルのようなものなのです。

そして、そのパズルは改めて見返すと、最初からヒントが散りばめられているという推理小説のような手の込んだ作りになっています。」

話を聞いて、俺は感心してしまった。動機は不純だが、さすがに全世界をまたにかけるだけのことはあり、この教祖は賢いと思った。人の心理をとても理解しているのかもしれない。

「話を戻します。私はモデルサークルの中でも外見は良かったと思います。普段の活動も信心深く行っていたので25歳になった時、祝福を受けることは自他ともに当然だと思っていました。

そして入信して6年が経った25歳の誕生日に予想したとおりに、神様からの祝福を受けるため、教祖の自宅へ招かれました。

自宅までは日本支部の支部長が付き添ってくれました。日本で一番の幹部の付き添いなど、今考えればかなりの特別待遇だったと思います。

自宅に入ると、私は薄暗い部屋で待たされました。その部屋には最初に申し上げたとおり裸の女性の石膏像が大量に置いてあります。

私はその部屋に入った時の気味悪さが今でも頭から離れません。

しばらくして、教祖が入ってきました。彼は韓国語で何か話していましたが、私は韓国語はほとんど勉強していなかったので理解できませんでした。
彼は韓国語で話すのを諦め、ジェスチャーで服を脱ぐように指示してきました。」

ビューティー直子の家にも韓国語入門の本があったのを思い出した。

「私は言われたとおり服を脱ぎました。
私は手招きされるがままに下着姿で教祖のもとへ歩み寄りました。

教祖はまたジェスチャーで私に下着を脱ぐように促しました。

さすがに若干の違和感を感じましたが、教祖はつたない日本語で

「けんこうしんだんだよ。」

と言いました。」

美琴さんは相変わらず淡々と話していたが、目は充血していた。

俺は、無理に話さなくても良いと言いかけたがやめた。目の端には強く握りしめられた敬士の左手が見えた。

「健康診断だという彼の言葉を聞いて、私は納得しました。

原初では結婚するまで原初人は性行為をしてはいけないことになっていました。

そのため、私は肉体が産める体なのか、そしてあなたたちには理解できないでしょうけど、霊魂が生める体かどうかということも結婚する前に確認してもらう必要があったのです。

彼は私の体を触ったり舐めたりした後に自分も服を脱ぎました。

とても不快でしたが、私は自身の信仰心が足りないせいだと自分に言い聞かせました。

そして最終的に、私は彼を自分の中に受け入れました。」

その後も、美琴さんは帰国して妊娠が発覚したこと、誰にも相談できず半分が空欄の同意書を産婦人科に提出したときのこと、病院から家に連絡があり母親が精神を病んだこと、やっとの思いで脱退し、そこで初めて友達が一人もいないことに気づいた時の喪失感、このこと以来、男性と目線を合わせるのが怖くなったことなどを話し続けた。

俺たちはただただ黙って聞くことしかできなかった。

この健康診断の内容まで知っているのはごくわずかな上層部と実際に健康診断をやられた美琴さんのようなごく限られた女性原初人だけであるらしい。

ほとんどの原初人は踏み込むことのないサンクチュアリなのだ。

「以上が私のお話しできることのすべてです。」

俺たちは深く頭を下げた。

他に知りたいことはないかと聞かれたので、俺は献金について質問した。美琴さんの説明では、献金は要求されないが、社会人は収入の1割から2割程度を寄付することが暗黙のルールだという。大学生のうちは、明確に寄付は必要ないとも言われるそうだ。

その後、美琴さんは食事も取らず、また協力できることがあれば連絡をしてくださいと言い残して、すぐに帰ってしまった。

俺たちはせめて家の近くまで送っていくことを提案したが、キッパリと断られた。

俺と敬士は美琴さんが帰った居酒屋で朝まで話した。

二人で話すことで、自分達の頭を整理することが出来た。

決して宗教自体を否定したいわけではないこと、一番の問題は原初の勧誘方法だということも再認識した。

彼らは最初は宗教団体であることを隠して近づいてくる。その後、いろいろな行事などを作り、物理的に時間を支配し、自然な流れで友人関係を徐々に断ち切っていく。
そして気づいたときには周りは原初人しかいなくなってしまうのだ。こうなったら最期、多少疑問があろうが、原初から出ることは恐怖でしかなくなってしまう。
人生は原初のものにされてしまう。

これは詐欺だ。

そして今日、原初を否定する理由に、特に女性にとってはこの団体が危険であることが加わった。

献金については相場がわからないので、何とも判断できなかった。

二人の共通認識を言語化し終わったあと、敬士は僕に話しておきたいことがあると言った。

「実は、達也にもう一つ話しておかなあかんことがあんねん。」

敬士は入学して間もないころに開かれた学園祭で、一人の女性に魅了されたということを話し始めた。

「なんとなく、アカペラに興味があって、学園祭のステージで歌ってるのを見てたんよ。そしたら、めちゃめちゃすげー歌がうまい人がいて、まさに天使の歌声って感じでさ。自然と432ヘルツなんよ。もう一瞬でそのサークルに入るの決めてもうて、で、この有様ってわけや」

「そんなに歌うまい人いるんだ。」

俺は432ヘルツには触れなかった。

「早紀さんって言うねんけど、歌上手いだけじゃなくて、見た目も可愛いのよ。俺、単純に好きになってもうてんけど、奇跡的に向こうも俺のこと気に入ってくれて、この間デート行ってん。」

さらっと話すが、その後半の展開になるまでの経緯がとても気になる。だが、敬士はそこの説明はする気が無いようでそのまま話し続ける。

「で、告白しようかな、どうしよかなと思ってた時に、早紀さんから家に呼ばれたんよ。」

「展開早いな。」

「せやろ。俺もそう思ってんけど、誘われたら行くしかないやん。で、のこのこ行ってん。そこで出てきたのがビューティーよ。ふざけんなって。」

きちんとオチがあった。

「じゃあ、デートも勧誘の一環だったってことなん?」

「いや、それでさ、原初ってこと突き止めた後に、ダメもとで告白してん。」

「返事は?」

「俺のことは好きやけど、今は付き合えへんのやって。宗教やってるからって言われたわ。」

「本人が認めたんだね。」

「せやねん。そんなん言うのめっちゃ勇気いるやん?俺なあ、もっと好きになってもうて、絶対早紀さんを宗教から脱退させたいと思っててん。」

そんな事情があったのか。
確かに俺はなぜここまで敬士が熱心に宗教を調べているのか少し疑問に思っていたのだが、その疑問が晴れた。

「なんか俺より調査に時間かけて真剣に取り組んでた理由はそれだったんだ。」

「黙っててすまんな。何か、女のために一生懸命になってるって思われるの嫌やってん。でも、美琴さんの話聞いたら、どんな手を使っても早紀さんを脱退させたいと思ってん。だから達也にも話しといて、何か出てきたら協力してもらいたいねん。」

「もちろん、早紀さんが可愛いのならなおさら危ないもんな。変態の玩具になんてさせたくない。」

「そんなことしたら、絶対許さへんで。サタンにでも何でもなって地獄に落としたるわ、変態教祖。」

美琴さんの話を聞いて自分だけが辞めればそれで良いのかという疑問が強くなった。

原初人は勝手にさせておけば良いが、サークルの中にはまだ原初人ではない人もいるかもしれない。

特に後輩は何も知らないのではないだろうか。全員男だが、彼らがこれから勧誘する女性が強姦される可能性はゼロじゃない。そうなってしまえば、犯罪の片棒を担いだことになる。

美琴さんが勇気を出して話してくれた姿を思い出す。彼女は最初に言っていた。
「これ以上被害者を出したくない」と。

あの話を聞いたからには、俺にはやらなくてはいけないことがあるはずだ。

やれるだけのことはやってみよう。

信じたいものを信じるのは自由だけど、本当に正しいという自信があるなら正々堂々勧誘すれば良い。

迫害されるからだなんだと理由をつけて、隠れてこそこそ騙し討ち。そんな腐った根性は全否定してやる。

人それぞれ考え方は自由だ。でも、彼らのような卑劣なやり方で他人の人生をコントロールするのは悪だ。
俺はそう思う。

自分たちの行いが正しいと思うのであれば、全てを正々堂々と話し、その上で各個人に判断させればいいではないか。

自分たちで出来ないのであれば俺が代わりにやってやろう。

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