2005 07 傍観 Spectator
しばらくして、佳織さんと話す機会があった。
潤平はサークルは関係ないと言ったが、間違いなくサークルは関係ある。
では、その範囲はどこまでか確認をしておくべきだと思った。
この人も底抜けに明るい上に歌手になるのが夢らしい。
他に漏れず眼はキラキラしている。
この人はただのマネージャーで、
本格的に参加しているのは学内の別のアカペラサークルらしい。
佳織さんも宗教に絡んでいるのだろうか。
俺は先日、聖書を教えてもらったことを佳織さんに話した。
「あ、達也君も信者になったんだ。私はもう全部終わったよ。」
呆気に取られた俺を見て佳織は自分が与えてしまった衝撃に気付いたようだった。
この日、宗教なのかもしれないという疑いは宗教だに確定され、活動範囲もやはりプリミティーボ全体と考えるべきだろうと思った。
いや、プリミティーボ以上だ。
サッカー大会には参加していた他のチーム、あの人たちも信者なのだろうか。
佳織さんが行っているアカペラサークルはどうだろうか。
範囲を見定めるためには信者の共通項を見つけなくてはならない。
潤平に佳織さんが勉強会は宗教だと言われたことを練習の終わった後に告げた。
潤平は少し動揺していた。
「達也には関係ないだろ」
「いや、ある。」
「何がだよ。別にあれから勉強会には誘ってない。」
「お前、知ってて俺を騙して宗教に入れようとしただろ。」
潤平はため息をつく。
「違う。達也が聖書に興味があるって言って自分から参加しただけだろ。」
「たしかに最初はそうだ。でも、俺はお前に途中で聞いたよな。宗教じゃないかって。」
「だから。あれ以来誘ってないじゃないか。」
「そういう問題じゃない。このサークルのメンバーを騙してるだろ。」
「騙してない。」
「じゃあみんなにこの事言えるのかよ。」
「サークルとは関係ない。」
「そんなわけないだろ。どう見たって勧誘の窓口だ。それに気付いてないならお前も騙されてる。」
「考えすぎだ。そもそも宗教の何が悪い。この間も言ったけど、金は取られていない。」
「神様なんて信じてどうする。苦しいことは試練、嬉しいことがあったら神様のおかげって人生が楽しいのかよ。信者しかいない箱庭にこれ以上仲間を連れ込むな。」
「もう止めよう。俺たちはサッカーしてれば良いじゃないか。達也も宗教のことは放っておいてくれ。」
「俺はちゃんと見てるからな。変なことしてたら全部話す。」
「わかったから、怒んなよ。何もしないって。神様がそんなに怖いのか。」
「怖いね。考える力をなくして弱くなる。」
「悪い、講義遅れるから行くわ。達也もそろそろ授業出ろよ。」
「お前には関係ない。」
裏で宗教活動をしていることに気づいた後も俺はだらだらとサークルには行った。もう季節は夏から秋へと変わろうとしていて、朝日が昇るのもだんだんと遅くなりかけていた。
結城さんと潤平とは気まずかったが、それ以外の人とは普通に接していた。キャプテンが少し気まずそうな態度を取るのは、やはり彼も信者なのだろう。柳さんはどうだろうか。家が牧師というのならやはりそうだろうな。雰囲気がいかにも信者だ。
佳織さんからはあれから何度か、心配をしてくれるようなメールが届いていた。この人がどういう意図でメールを送ってきているのかはわからないが、俺をそっち側に引きずり込もうという考えは持っていないように感じた。もちろん、気のせいかもしれない。
そんな中、プリミティーボでは大々的にクリスマスパーティーが開かれることとなった。開催日はクリスマスよりも一週間ほど早い。本番は宗教内の本行事でも行うのだろうか。
今回のパーティーでは全ての人に何かしらの役が振られることになった。
俺は最初は断ったが、潤平が何でも良いし、宗教は関係ないから参加してくれと言うので最終的には全体を監視するためにも参加することにした。
俺は後輩とは仲が良かった。俺が参加しないなら参加しないというやつもそれなりにいたのが俺を参加させたい理由だろう。
彼らが提案してきた俺の役割はパーティーのイメージボードの作成だった。
俺は言われたとおり絵を描いた。どんなことに使われようとも、自分の作品に手を抜くことは嫌だったのでそれなりに時間をかけて描いた。
他のチームメイトはダンス、ケーキ作り、ピアノ演奏と様々な役をもらっていたようだ。人々が造るこれらの全てが神への献上品だというのか。
いや、今回は宗教は関係ないのか。いやいや、メンバー的にやはりそれはないだろう。
チームメイトはおそらくこのサークルが裏で何をしているかなど全く知らない。特に後輩たちはほぼ全員が何も知らされていないのではないだろうか。
待て、そうとも限らない。すでに信者のやつもいるかもしれない。
現に、自分自身が聖書の勉強会に参加したことを誰にも話していない。
このサークルには潤平の他にもう一人同じ学年の宮城というやつが
いる。彼も信者なのだろうか。積極的に行事に参加している様子を見ると怪しいが、普段の言動は明らかに神を崇拝しているようには見えない。言動にあの特有の純粋さが見当たらない。初期の信者はその程度なのかもしれないが。
どっちにしろ、今回のことで俺はこのサークルとは縁を切ることを決めていた。
一時期は見習わなくてはと思った彼らの行動の原動力が神様と聞いてからはその善意も全てが偽物に見えてしまう。見ているのが痛々しい、俺はこの人たちといっしょにいたくない。
クリスマスパーティーが一月後に迫ってきた頃、打ち合わせと称して俺は坂本先輩に呼び出された。彼はプリミティーボの学生の中では年長者である。若干空回り気味の言動もこのサークルの人たちの優しさのおかげであまり目立たないのだが、俺はそのことには気づいていた。もちろん信者の一人だと思っている。
そんな彼が俺を呼び出したのは単独行動だったのか、信者のうちで話し合いの結果の行動だったのかはわからないが、一つだけ言えるのは、彼が俺を誘ったことはミスだった。
もともとそんなに好きでもなかった先輩に呼び出され、ただでさえ不機嫌だったのに彼は俺に向かって神の存在について語りだしたのだった。
「俺は理系の世界で生きてきたから理論からかけはなれてることは理解できないけど、神様は理論的にいると思うんだ。そういうの信じれないって何か心がさみしいと思うんよ。だから、お前も騙されたと思って信じてみたらどうだ?」
すでにお前は騙されてるのに幸せなやつだな。俺はウェイトレスに水を持ってきてもらえないかと頼んだ。かれこれ坂本が話し出してから1時間は経つだろうか。俺はその間、相槌と水を飲むこと以外やることがなかった。
「そうですね。心がさみしいんだと思います。」
「開き直るなよ。まだ間に合うって。それに、同じ聖書を使っているけど、普通のキリスト教よりも納得できるんだぜ。」
あなたはもう間に合わないようですね。
「俺も社会人になったらやめるし、大学にいるうちだけでも、な?」
話にならない。坂本先輩は潤平と仲が良い。これは、潤平を呼び出すことになるかもしれないな。二度とそういう話はするなと言ったし、潤平もしないと言ったはずだ。そもそも何故こいつが俺の説得をしにきているのか。なめられたものだ。
やはり、ここはサッカーがメインではない。宗教の勧誘窓口でしかないのだ。そろそろ潮時だろう。俺は改めてこのサークルをやめることを決意した。
それより、坂本先輩の言葉で引っかかる部分があった。
「普通のキリスト教ではない。」とはどういう意味だ。
彼らはキリスト教を信じているわけではないということなのだろうか。
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