ミニチュアガーデン 2

エピソード 1 それぞれの正義

2005 05 遭遇 Encount

 

朦朧とする意識の中、部屋を見渡すと、酒の空き缶でタワーが作られていた。ばかなことをするやつがいるものだ。

「おい、達也。まだ飲めるだろう。おい。」

「当たり前だろう。」

俺は手に持っていた缶酎ハイを一気に飲み干した。宏太と三浦先輩がそれを見てうれしそうに拍手をしている。

「ういー。俺たち、ハイボーイズ。」

と叫んで缶を頭の上に持ち上げる。

僕に背を向けていた宏太が振り向いて

「振り返っても、ハイボーイズ。」

と言って飲み干した缶を掲げる。

「なんやねん。それ。めっちゃおもろいやん。」

三浦先輩と僕は爆笑だ。

俺と宏太は手に持っていた空き缶をタワーのてっぺんに重ねた。

あともう少しで天井に届きそうだったタワーは音を立てて崩れた。

「あー。今日もあかんかったな。」

宏太が残念そうに言う。

この空き缶チャレンジは一日一回という暗黙のルールがあった。

天井に付くまで飲むと豪語していた剛はすでにギブアップしてベッドで爆睡している。彼は酒は好きだが、驚くほど弱い。

大学に入って充実してるのかどうかわからない日々を過ごしてきたが、この3人に会えただけでも十分大阪に出てきた意味があると思える仲間だ。

大学に入ってもう二年目だ。

一回生の頃はこの飲み会を2日から3日に一回のペースでしていたのだから我ながら恐れいる。バカ騒ぎをすることがこんなに楽しいものだと教えてくれたのは彼らだった。

しばらく飲んだあと、三浦さんが帰った。剛はベッドで相変わらずダウンしており、意味不明な寝言を発している。

「ネイビーにはピンクやろ。。。」

宏太としばらくそれをネタに笑いながら酒を飲んでいた。

「俺、アメリカ行こうと思う。」

「え?アメリカ?」

「やっぱり、日本よりもアメリカの方がすごいし。」

彼は現在はただの大学生だが、将来やりたいことがある。映像の道を歩きたいらしい。彼はこの大学でも映像やプログラミングに関する学問を専攻しているが、それではもの足りないようだ。

「そっか。」

「うん。」

しばらくして彼は本当に渡米した。それ以来僕らは飲み会の回数を減らすこととなってしまった。俺たちの大学は日本では有数の有名大学でもあるにも関わらず、そんなものはクソ食らえと夢に飛び込んでいった彼を僕はうらやましく思った。頑張れ、宏太ならきっとうまくいく、心からそう思った。

彼が夢に向かって飛び立った翌日の朝、俺はグラウンドでサッカーをしていた。

週に3回、朝の7時から練習をするという大学のサークルとしては珍しいサッカーサークルが存在していて、俺はそのサークル、プリミティーボに入っている。

大学生で、早朝から健康的に活動しているサークルがあるなんて知らなかった去年の10月、俺は、めずらしく朝早くに目が覚めたことに気分を良くして、早朝から大学のグラウンドでボールを蹴っていたの。その時に彼らがいて、いっしょにやらないかと声をかけてくれたのが始まりだった。

プリミティーボのメンバーは初心者が大半で、サッカーというよりはただボールを蹴っているに近いもので、小学校1年生からサッカーに夢中になった俺にとっては満足するレベルではないのだが、このサークルに出入りしている人が聖人君子のように良い人ばかりだったこともあり、なんとなく足を運び続けている。メンバーに社会人の人たちが多く在籍していることにも、新鮮さを感じていた。

そんなプリミティーボに今日は見慣れない女性が来ていた。とても明るくきらきらとしたオーラが出ている綺麗な人だった。人は、第一印象でその人の90%を決め付けてしまうらしいとどこかの心理学者が話していたことを思い出した。この人に対してこれからマイナスのイメージを抱くことはないだろうと勝手に思った。

彼女は終始キャプテンと仲良くしゃべっていてコチラに目を向けることはなかった。

スパイクの紐を結ぶ。右足のインフロントの部分が少し破れかけてきている。そろそろ新しいのを買うか。

「おい、達也。佳織さんに会うの初めてだろ。自己紹介ぐらいしてこいよ。」

「あ?めんどくせーよ。潤平、あの人知ってんの?」

「まあね。とりあえず常識的に自己紹介ぐらいするもんだろ。」

「うるせーな。わかったよ。」

潤平は俺と同い年。プリミティーボには俺よりも先に所属していて、先輩たちにもとてもかわいがられている。見るからに人が良さそうで、実際に良いやつだ。

潤平はこのサークルにやたら気合を入れているらしく、入学当初から始めた空手もこのサークルのためにやめたと言っていた。

潤平にとってこのサークルが生きがいのようなものになりつつあるのか、他のことはそうでもないのに、このサークルに関することには強気で物を言う。

先輩たちに気に入られているのも潤平を強気にさせている原因なのかもしれない。

まあしかし、潤平の言っていることは何も間違っていないので俺は渋々先ほどからまだキャプテンと楽しそうに話している女性に近づいていった。

「おはようございます。二回生の平山達也です。よろしくお願いします。」

「あ、はーい。佳織です。よろしく。」

彼女は笑顔で僕の自己紹介に応じた。このサークルでは自己紹介のときにフルネームを公表しない。

「ていうか、初対面じゃないんだけど覚えてる?」

佳織さんはこちらを見て微笑んでいる。しかし、俺には全く記憶がない。高校の先輩とかか。いや、去年どこかの合コンで知り合ったのか。とにかく思い出せなかった。

「いや、すみません。覚えてないです。どこかでお会いしました?」

「去年の大会、活躍したでしょ。あの時のナレーター、私だったんだけど。」

あー。なんだそういうことか。実は去年の秋に行われた大会でプリミティーボはちょっと目立ったのだ。それまで全然強くなかったうちのサークルが10チームほどの中で3位になったのだ。特に準決勝で当たった相手は毎年全く歯が立たなかったというのだが、3-2の接戦となった。結局負けたので結果はついてきていないのだが、このチームに関わる人にとっては衝撃的なことだったらしい。

潤平も俺もサッカー経験者で、二人とは言え、それまでほぼ素人の団体だったチームに経験者が2人入っただけで違うチームのようになったのは、周りのチームも同じようなメンバー構成のチームだったからだろう。

「あ、あの時の。お世話になりました。」

「いいえ。これからもよろしくね。」

正直お世話になったとは思ってないし、その時にそんなナレーションがあったのかも覚えていない。実況でもしていたのだろうか。まあとにかく向こうにとってもこちらの印象がマイナスであることは無い、いやプラスであることさえありえる。

明らかに機嫌の悪くなったキャプテンを横目に、この人は佳織さんに気があるんだなと思いながら俺は潤平とロングキックを始めた。初球から潤平の足元にピタリとボールがライナーで飛んでいく。

今日は調子が良さそうだ。

それからしばらくした日。いつも通り練習が終わり、着替えをしていると、社会人の柳さんから声をかけられた。

「今日、夜暇ならご飯でもどう?」

「あ、いいですね。行きましょうか。」

「じゃあ、肉でも食うか。」

「良いですね。」

普通のサークルではいたって自然な会話かもしれないが、このサークルでは滅多にないことだった。いや、食事の誘いなど在籍して以来初めてのことかもしれない。

活動が早朝ということもあり、練習で顔を合わすだけだけであったので、意外にそういう機会は自ら作らないとできないものなのだ。

柳さんは潤平も誘っていた。柳さんと潤平と三人で僕は近くのファミレスでステーキを食べた。

ここで在籍以来、初めて柳さんと長い間話をすることができた。柳さんの実家は教会らしく、父親は牧師をしているらしい。滅多にいない境遇の人と出会い、珍しい話も聞けたので僕は満足した。潤平ともいろいろと話をすることができた。

そんなこんなで少しずつではあるが、このサークルに馴染んできた実感があった。

週三日は早朝からサッカー、週2回は他のサークルで午後からサッカー、そして夜はバイト、バイトがない日は飲み会、映画鑑賞、読書など自分のやりたいことをする。全くもって何も前進していないし、成長を感じない生活ではあるが、今まで努力してきた貯金で毎日を過ごすのも悪くないと思った。

将来やりたいことなど何も考えずに入学したので勉学には一切やる気が起きなかったし、それで良いと思っていた。このだらだらした生活の中からきっと何かが見つかるであろうし、人生最後のモラトリアムを満喫せねばとも思った。

一回生からやっているアルバイトも順調だった。最近では新しいやんちゃなやつも入ってきて、とてもにぎやかになった。そいつと人生で始めてのパチンコにもいった。ビリヤードやらカラオケやらと絵に描いたような楽しいキャンパスライフだ。

単位の問題以外はすべて順調であり、あとは宏太のように夢を見つけてひたすらがんばるだけだと思っていたのだが、急に思いもよらない敵が現れた。

普通の人にとってはむしろ味方のはずなのだが、俺にとっては違った。

神だ。

俺は神と戦うことになる。

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