ミニチュアガーデン 11

2006 01 邁進 Push forward  - 潤平 JUNPEI -

ー潤平ー

達也が胸ぐらを掴んできたとき咄嗟に

「俺たちは何も悪いことはしていない」

と言ってしまったが、本当はそうは思っていなかった。

日に日に達也の態度が硬化していったのは間違いなく俺にも責任があると思っている。あの時には、もう原初という名前も、自分が行っている活動が宗教であることも知っていたからだ。

そしてあの日以来、サークルには原初のメンバー以外は誰も来なくなった。2ヶ月以上、サッカーの練習は3、4人でやっている。

達也は原初の存在を、近隣の大学にまで明かしたため、他の大学でも同じような状況になっている。

あれから一度だけ達也に呼び出された。

「宗教辞める気ないのか?」

何を聞いてくるのかと思えばそれか。辞めるわけがない。

「辞める気はないよ。」

ため息をつかれる。わざとらしいため息は僕をイラつかせた。

「悪いことをしている気がないと言っていたけど、その気持ちは変わってないか?」

「ない。」

こうなれば意地だ。俺は何も悪いことなんてしていない。

「俺は騙して勧誘するのが良くないと思っている。」

みんな言うことは同じだ。そう言われた時の答え方はもう習っていた。

「騙してはいない。最初から話したら信じてもらえないから仕方がないだろう。」

達也は眉をひそめた。

「正々堂々人に言えないことは恥ずかしくないのか?」

「仕方がない時もあると思う」

「宗教を隠して勧誘することをやめるならこれ以上何もしない。」

随分と上から物をいうやつだ。達也の行動の影響など原初全体から見れば微々たるものだ。それに、こういう話し方しかできないやつが多いから世の中は平和にならないのだ。なにより、宗教団体ということを隠して勧誘できない理由もさっき言ったばかりだ。

「それはできないと理由も言ったはずだよ。」

「なら、これを大学に提出する。」

達也は紙の束をこちらに放り投げた。入学の時に買わされた専門書と同じぐらいの分厚さだ。

僕は紙の束を達也に返す。

「勝手にすれば良い、達也の自由だ。」

今度は投げずに渡してきた。僕は手を出さない。

「とりあえずこれを持って帰って読んでほしい。信じなくても構わない。一度読んでくれ。」

譲る気はなさそうだ。俺はしぶしぶ受け取った。

「なんで俺に構うんだ。放っておいてくれないか。達也には関係ないだろ。」

達也は機嫌が悪くなると思ったが、意外にもそうはならなかった。そして少し悲しそうな目をしながら

「みんなが心配している。」

と言った。

帰り道、ずっと達也の目が忘れられなかった。そして「みんな」とは誰だ。俺の周りにはすでに原初人しかいない。

そう。俺は原初以外の人との関わりを時間の無駄だと感じるようになっている。いつからこうなったのだろうか。

俺は、早紀さんが脱退した件に達也が関係しているという噂の真偽を聞きそびれてしまったことに気づいた。

達也に呼び出されてからすぐだったと思う。急に留学が決まったキャプテンの代わりに大学のリーダーに指名された俺は原初の会議に初めて出席した。

「二体のサタンが現れたことを認定する。」

と正一郎さんがみんなの前で宣言した。関西支部長の言葉にはかなりの重みがあり、内容も内容だけに室内に動揺が走った。

今日はある程度上層部の人しか呼ばれていない会議で、その重要度も高い。

まさかとは思ったが、その二体のサタンとは達也と敬士のことだった。正一郎さんが、二人が虚言でプリミティーボを機能不全にしただけではなく、この関西支部に直接乗り込んで騒ぎを起こし、早紀さんと佳織さんを霊死に追いやったと説明した。

あの日、達也がグラウンドに戻って来て、佳織さんを連れ去ってから原初人の中には不安を抱えている人が増えていることも事実だ。

正一郎さんは、複数のサークルに対して大学から聞き取り調査の依頼があったことから、2人が大学に対して何らかの働きかけをした可能性についても言及した上で、調査員に疑問を持たれることのないように対応してほしいと言った。

まだ読んでいないあの資料の束を達也が大学に提出したに違いない。

会議後はお通夜のような雰囲気であちらこちらでひそひそ話がされていた。

俺は誰とも話さなかった。

正直なところあの二人をサタンと呼ぶのは大袈裟じゃないのかということだ。

古代から伝えられる物語の悪役がやることにしてはやけに小さいし、この程度のことでサタンと呼んでいたらキリがないのではないだろうかというものであった。神はこの程度のものは気にしないだろう。

家に帰って、ずっと放置していた、でも捨てなかった達也の資料を読んだ。

そこには俺もまだ教えてもらっていない聖書の解釈が載っていた。素直に達也に感謝した。

だが、資料の後半は同じく俺の知らない情報だったが、それは全く嬉しい情報ではなかった。そこには原初の教祖に関するありとあらゆる批判であったり被害報告が書かれていた。韓国の新聞のコピーまである。

茫然としたが、大学のリーダーに指名された時に正一郎さんが言ってくれた言葉を思い出す。

「今日からはこれまで以上に原初に対する迫害を目にする立場になるだろう。キリストも迫害された。正しいものはいつの時代も邪悪なものに迫害されてしまうものだ。迫害されるということは正しいことの証拠だと思って潤平は原初を守ってほしいし、それができると私は思っている。」

今、俺は試されている。

達也に感謝しなくてはいけない。この日僕は自分が正しいことを再確認した。

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